2018年10月 1日 (月)

自分の心を楽にする

自分の心を楽にしないと生きていけません。その方法を身につけてください。

まず、一番大切なのは自分自身だということです。お釈迦さまも言われていることです。

自分を大事にしない人は、他人を大事にすることもできません。仏教はそういうことを

教えてくれるものです。自分の心の取り扱い方法を知って、毎日実行することです。

学校でも教えてくれません。むしろ逆のことを教えているのが今の社会です。

だまされないように、仏教を学んでください。仏教以外にも良い教えはありますが、

日本人なら、何百年もの間、先祖が頼りにしてきたことをよく知ることが、良い方法です。

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2018年9月21日 (金)

楽になります なる仏教する仏教 内容

読者の心が楽になります。仏教は抜苦与楽の法です。

苦をなくして、楽になる方法を教えてくれるのが仏教です。

四苦八苦は生老病死ですが。老病死はだれでもわかります。

生、この世に生まれてこの世で生きることの苦しみを、お釈迦様がいわれたのです。

その苦をなくすにはどうすればよいのかを教えてくれるのが仏教です。

仏教も宗教の一つとされていますが、まず「宗教はこわい、だまされる、あぶない、くだらない」という考えにとりつかれて、日本の伝統仏教や神道などを知ろうとしない人が多いので、その原因を知ることが必要です。知らず知らずに受けてきてしまった広い意味の教育です。

自分の考え、意見、感情は、ほんとうに自分のものなのか?自問しましょう。他人の意見、マスコミで見た、えらい人がそういっている、その影響で自分が出来ているのではないかと、疑うことから出発します。

そういう教育は学校ではしてくれません。「これを覚えろ、ぐだぐたいうな」と、小学一年生がいだく疑問、質問には大人は答えません。その結果、学校成績のいい人ほど、ある意味ではだめな人になります。

平成30年ですが、政治家、官僚、学校や会社のエライ人、スボーツなどの権力者の事件報道にはもうあきあきしているでしょう。

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2018年4月18日 (水)

楽になります なる仏教する仏教

_1_dscf0277_3表紙試作段階です。http://butagoya.o.oo7.jp/



「楽になります なる仏教する仏教」

仏教に興味があるけれども、むつかしい本ばかりで、どうしたらいいのかわからないという人のために、初心者向けの本を書きました。見たこともない本ができたとおもいます。

子供も読めるように、字を大きくして、絵も入れました。

難解な仏教用語にへきえきしている老人にも役に立つとおもいます。

なによりも煩雑な仏教を整理していく作業で、自分自身がとても勉強になりました。

まだ題名も決定ではありませんが、ご期待ください。わたし自身がほしい本となりました。

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2018年3月19日 (月)

なる仏教する仏教 

わかりやすい仏教の入門書を書いています。

むつかしい話が多い仏教ですが、できるだけやさしく、子供も読めて、大人にも役立つものをめざしました。

ほぼ毎ページに絵を入れました。あとはあとがきだけという状況で、作業中です。

なるは自分が仏になる、するは、そのためにすることを具体的に書きました。

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2011年12月17日 (土)

続する仏教

今は仏教ブームですが、仏像や、お寺は、本来の仏教の教えからすると、どうでもいいことです。お釈迦様もそうですが、日本の宗祖、例えば親鸞聖人にしても、大きな寺や、教団を作ろうとしたわけではありません。

伝統仏教(いわゆる昔からあるお寺)と新興宗教の良さ悪さを知る必要があります。浄土宗、日蓮宗なども鎌倉時代では新興宗教といえます。

これから除夜の鐘などで中継されるであろう東京芝の増上寺は浄土宗です。

学校の日本史でもうわべだけは習うのですが、なにしろ戦前は国家神道であり、戦後はアメリカのキリスト教と、宗教を嫌う共産主義の力が強く、「政教分離」の名のもとに、行き過ぎた日本古来の神道、仏教の忌避(特に公務員において)が横行してきました。その結果、ろくでもない世の中になったといえるだろう。世界を見ると、キリスト教のみならず、ユダヤ教や、またイスラム教のことを知らないと、なにもわからないことがわかる。

日本のことは仏教を知らなければわからない。学校教育で仏教、神道をきちんと教えるべき時代になったということだ。いままでは、こんなことをいうと、とんでもない右翼思想の危険な者といわれたのだが、時代は変わった。が、思想や教育はなかなか変わらない。若者は自分で研究してください。自分の目で見て、自分の判断で。権威に盲従するのはだめです。そのために、お釈迦様その人の考えを、直接お釈迦様に伺って、知りましょう。

私が今師事している河波晶先生は、比較宗教学の権威で、世界的な宗教学者でもあり、念仏(南無阿弥陀仏)ですが、禅を越え、キリスト教とも共通する思想を教えていただいています。

法然上人の遺言である「一枚起請文」は鎌倉時代のものですが、現代人にも役立つ思想です。

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2011年5月 2日 (月)

仏教ブーム 良い悪い?

今は仏教ブームといえる。戦後ずっと左翼思想の影響で、仏教のことはマスコミではあまり取りあげられなかった。おかしなことにキリスト教はよくとりあげられたのに。日本も東北大震災を機に、またひとつ変わるだろう。

東北の人々の中に、数百年単位でのことだが、仏教があることを、あらためて感じる。

親鸞聖人も、やたらとブームだが、どうも?がつくが、まあ、若者が関心をもってくれるのは良いことだ。親鸞研究するなら法然上人をよく知ってからにしたい。

本はいくらでも売っているが、宗派にしばられている僧の著書は抵抗があるという方は(そのこと自体間違いだが)在家の作家や学者のものを読むことになるが著者存命中のものより、死んだ人の本を読みましょう。生きて有名人となって活躍中の人はなまぐさい。?だらけだから。

倉田百三の「出家とその弟子」

柳宗悦「南無阿弥陀仏」(岩波文庫800円)これは激しくおすすめします。私自身読書中。本屋のたなで岩波文庫をあさっていたとき、「南無阿弥陀仏」が目に入るのだが、手にとらないだろう。私もずっと手にとらなかった。

デザイナーをやっていたので民芸の柳は知っていたが、柳の宗教論を聞く気がなかった。が、どういうわけか今回手に取ってしまった。その時期になったということだろう。読むと、ずんずん心にひびいた。念仏について、これだけわかりやすく、深く思考した在家の本はめずらしい。

解説者は入門書というが、入門書ではない。初心者がいきなりこれを読んでもまったく受け付けないだろう。なにしろ「南無阿弥陀仏」だから。

五木寛之さんでさえ、テレビで「小さな声でなむあみだぶつ・・」とか発言されていた。それじゃあだめです。称名念仏をやってから読むとよくわかる。やらないで読んでもつまらない本だ。

する仏教、その浄土門、口称念仏です。私自身は、子供の時、祖母がいつも「なまんだぶ、なまんだぶ」といっていたのを思い出します。浄土真宗ではこれが全てです。

「禅」と書いてあると、なんだかかっこいいと手にとるが、「なむあみだぶつ」じゃだれも手に取らないのが現状だろう。おおまちがいです。無知というしかない。頭を空にして、全てを捨てて、仏教を学びましょう。おすすめします。これホント。だが、多くの人は信じませんね。縁なき衆生は度しがたし。

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2011年3月23日 (水)

正しく仏教を知ること

ここ数十年の間、日本だけが、公式の場では、教育においても、世界の中で異様に「宗教」というものを、避けてきた。「宗教」といったとたんに、思考停止する人が多い。

外国へいった人はそのことを意識させられるらしい。

いくら避けようとしても、人は、ある意味での「宗教」あるいは「物質ではなく心の問題」を避けては生きてはいけない。

民間では新興宗教は花盛りだし、正月の神社参拝も盛んだ。

精神を病む人も多い。明治以来西洋文明をひたすら取り入れてきたが、今は日本をじっと見つめなおす時だ。だが、教育された脳は、そう簡単に、立ち止まったり、方向転換をすることができない。インテリ、成績の良い人ほど、頑固に過去に得た知識にこだわる。

鎌倉時代に法然上人が「念仏」をすすめて、浄土宗として続いている。その弟子の親鸞聖人の教えは浄土真宗として続いている。宗教を避けようとする歴史の教科書では「一向宗」として、ちょろっと出るだけだ。

法然上人の遺言である「一枚起請文」は念仏をするときの心得をのべたものだが、現代人にも賛同できるところがある。

くどくどと、同じことを述べられているので、勝手に要約します。

「いくら学問をした人でも、文字も読めない無知な人のような心になって、小賢しいことは考えずに、ただひたすら、南無阿弥陀仏と唱える」ということです。

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2011年2月20日 (日)

仏になる 2

「仏になる」のつづきです。仏教は自分が仏になるという教えです。

お釈迦様が、生まれた時に「天上天下(天の下なので、てんじょうてんげと読みます)唯我独尊(ゆいがどくそん)」といわれたという、うそ話がありますが、うその中に真実があります。赤ちゃんがそんなことをいうわけはありませんが、お釈迦様の思想の一端を表しています。

私の解釈でいいます。とにかく自分を大事にして下さい。今の世は地獄です。自分を見失う。自分を嫌う。自分をつまらない者とおもう。これは全て間違いです。あなたは、かけがえのないひとつの命です。

自分こそが尊いのです。偽善者は他人のためというが、お釈迦様は唯我独尊といわれた。お釈迦様自身もそうだが、すべての人、ひとりひとりが唯我独尊、尊いのです。

いまは偽善者が多いので、だまされないで下さい。あなた自身を大事にして下さい。そのことによって、他人を思うことができます。

お寺の僧をわるくいい、学者や作家などの書いた仏教の本を喜ぶ人が多いが、それは危険です。

私が仏になるのです。なかなかなれません。ですが、一ミリでも近づきたい。その分幸せになります。あなたが仏になるのです。「成仏」は単に死ぬことではありません。今は、「よく生きること」と言っておきます。わたしも、まだわかりませんので。

デタラメな仏教論が多いです。お釈迦様の話を直に聞きましょう。

「お釈迦様」のことを「お釈迦さん」という人が僧のなかにもいますが、そこらへんのおっさん扱いするのは許せない。「釈迦」「釈尊」というべきでしょう。

南無阿弥陀仏

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2010年3月 3日 (水)

生死を越える

『ごほうび』       

しぬのは いきるものへの ごほうび

だれでも おなじごほうび もらえる

それまで いきているのも ごほうび

     平成二十二年弥生      四郎   

●仏教では「生死を越える」ということを教わります。が、どうすればいいのかよくわかりません。わかりやすい詩を読みましたので公開します。(出典を明示されれば書き写し自由です。いずれ版画にしたいと思っています。)

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2009年12月15日 (火)

自分の心

自分の心を安定させ、強くすることによって、幸せになる。仏教はそのことのためにあるように思います。 

生きている人はだれでも、いやな目にあいます。心配ごとが次々とおそってきます。そんなときに冷静に対処していく力をつけていくことが大事です。学校での勉強もそのためにするのではないか。

例えば人に悪口をいわれたときに、人は体が熱くなって、頭にきます。しかし、修行をして「人間ができている」状態になれば、体が熱くなったり、表情が変わったりはしません。

子供でも、そういう人間になることを望んでいるのではないでしょうか。残念ながら、いまの教育では、いわゆる知育偏重で、そのあたりの心の教育は弱いです。仏教にかぎらず、宗教がその方面のことをやってきたのですが、誤解されているようです。

まず死、自分の死を見すえておくことが、今を、今後をよく生きるために、役立ちます。昔から「死んだつもりになって」と、いわれているとおりです。死んだつもりになっていれば、人に悪口をいわれても平気なはずです。なかなか難しいですが、そう思うだけでも少しは楽になります。

昔から年寄りのひとが、何かあるたびに浄土門の人なら「なむあみだぶつ」と唱えるのは、それが実際効果があるからでしょう。キリスト教徒でもそうです。現代の日本人は歴史的な経過によって、ここが弱い状況にありましたが、今変化しつつあると感じます。

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