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2018年10月27日 (土)

「楽になります なる仏教する仏教」 まだ出版されていませんが

平成30年3月に原稿を納めて以降、さらに研究を続けました。

「シンギュラリティーは近い」レイ カールワイツ著 のエッセンス版を読みました。

副題は「人類が生命を超越するとき」です。21世紀になって、コンピューターとその周辺機器の発展によって、脳や生命の新情報が日毎にもたらされ、技術の進化で人工知能も急速に育っています。この本は前半は、素人には難しいのですが、後半は昔のSFのようです。

この本でも仏教が一瞬だけ触れられています。脳科学の本なとでも、必ずといってよいほど、仏教が出てきます。仏教について一応知っておくことは必須です。

近所の図書館が良い本を捨ててくれます。岩波の日本思想史体系「親鸞」「日蓮」など数冊いただきました。大著なのでよみきれていませんが・・・

先日は「脳とこころ」平井富雄先生の本をいただいてきました。坐禅で瞑想中の僧の脳波を調べていた人です。30年前の本なので、現在もそのまま通用するのかわからないのですが、良い本でした。今はMRIなどで脳を輪切りにできるので、研究は飛躍的にすすんでいるはずです。ただ、どうもアメリカなどの研究者も坐禅しか知らないのかもしれません。

前の記事で紹介した「どうせ死ぬのになぜ生きる」では、著者が真言宗なので、坐禅以外のやりかたを紹介しています。わたしの場合は、自律訓練法も失敗、坐禅には耐えられない、そんな暇もないし、あげくに念仏と般若心経にたどりつきましたので、それを紹介しています。この二つをやるので二刀流と称しています。行住坐臥、いつでも行える行です。

実家は浄土真宗西本願寺派ですが、行をやりませんので、自分で勝手に般若心経をとなえています。親鸞聖人の師である法然上人の浄土宗(芝の増上寺、京都の知恩院)のことを少し学びましたが、真宗とはずいぶん違うなあと思いました。

真宗教団では観音さまも消えてしまっているのですが、親鸞聖人には観音信仰がありました。日本で人気のあるお経は、法華経、阿弥陀経、観音経などで、落語や浪曲、芝居などでよく出てきます。これを知らないと、日本の古典文化はわかりません。

私は40歳くらいのときから、苦悩に耐えきれず仏教を研究することにしたのですか、本屋で買った本で観音経を唱えてみました。子供のころに浪曲「歌入り観音経」(美空ひばりさんも歌っています)などを耳にしていたのですが、実際にお経を読んでみると、なぜ昔の人がこれを頼りにしていたのかということが、少しわかります。特に観音経は、世捨て人ではなく、現実の世界で仕事をやる人には元気の出るお経です。日本人の文化的な財産として、もっと役に立ててもいいのではないかとおもいます。

まあ、歎異抄のようなインテリ(死語か?)の好みではないでしょうが、初めて読むお経としてはおもしろいです。浅草寺は観音さまですから、お参りする人は必読でしょう。

「楽になります なる仏教する仏教」では観音経のことはふれていませんが・・・

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2018年10月 6日 (土)

「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」という本

本屋であざといタイトルの本を見ました。

売るために出版社がつけたのかもしれませんが、まんまと手にとってしまいました。

副題で「晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義」と書いてあります。

読んでみると、タイトルほど恐ろしい本ではなく、やさしく書かれた仏教入門書でした。

私の本がまだ出ていないので、とりあえずこの本を読んでおいてください。

名越さんは精神科医として、真言宗の経験から書いておられます。

「行をやる」ということを力説されています。私が「する仏教」と名付けたことと同じです。

アマゾンなどの読者評にあるように「なぜ生きるのか」という問いの解答は得られませんので、題名には期待しないでください。一万年堂出版の「なぜ生きる」のパクリのように思われてしまうのが惜しい。

    
    
    
どうせ死ぬのになぜ生きるのか (PHP新書)                     新書                                                                                                                                                          – 2014/11/15                              

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2018年10月 2日 (火)

学校で習ったことを鵜呑みにするな

「日本仏教史」の本を読むと、なんのことはない、日本史そのものです。

逆にいうと、学校で習う日本史は、むりやりに仏教臭を消した欠陥のある日本史です。

戦後の教育は、キリスト教徒のアメリカ占領軍、GHQに厳しく指導されて作られたもので、

当然戦前の教育、国家神道の否定から始まっています。が、宗教はその国の民族意識と

密接にかかわっていますので、宗教を押しつけることまではしていませんが、左翼思想の影響もあって、学校教育では宗教に関わってはならないという方針が明確にされました。

私学ではキリスト教、仏教、新興宗教など、いろんな宗派が学校を作っています。そんな学校に通った人も多いでしょう。

公立学校では、ことさら宗教を避けてきました。

戦前の明治時代に始まった学校教育でも、一休さんなどのどうでもいいような話以外、本質的な仏教を教えることはありません。国家神道をかかげていて、国民を教化するために儒教なとを取り入れています。欧米列強に追いつけ、追い越せということに夢中で、経済、軍事に邁進したので、仏教はじゃまになるかもしれません。

戦後70年立ちました。すでに第三次世界大戦はないといわれています。

自分の国だけが発展することを考えても無駄になりました。地球にいる人間、生物、地球そのものの存続を考える時代になったのです。

そこで仏教が見直されるのです。争って仏教を学んでください。学校教育は古すぎます。

教育者の一部が新しい教育をしようとしても、新しい教科書ができるのには、20年またなければなりません。おそすぎます。だから、自分で研究しなければならないのです。

今は幸いにも、歴史始まって以来の情報社会です。誰でも情報を手にいれることができます。若い人は、今現在の権威、社会で地位や名声をもっている人、そのようなエライ人の話、それを持ち上げる多くのバカな人々、マスコミなどを、冷静な目で見る人にならないとだめです。そのために仏教は役に立ちます。最近はしにせの出版界の堕落も極まっています。

世の中を冷静に見通すためには、まず自分を確立すること、そのために仏教が役に立つのです。今現在だけを見るのではなく、二千五百年も存続してきた智恵を学びましょう。

私は六十歳から、本格的に研究をはじめましたが、目からうろこ、とてもおもしろいです。

インド人、中国人の考え方にも驚くとともに、日本人の考えかたもわかります。

特に、日本を知るためには、仏教を知らないとなにもわかりません。

高校の日本史を改めてみてみましたが、詳しく項目を書いてありますが、名前や著書の羅列に終わってしまいます。一応の説明があるのですが、十代の人に、これで仏教を理解しろというのは酷です。ただ覚えるだけ。とにかく各宗派の膨大な情報がありますので。教科書を作るひとも苦労しているところでしょう。

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2018年10月 1日 (月)

自分の心を楽にする

自分の心を楽にしないと生きていけません。その方法を身につけてください。

まず、一番大切なのは自分自身だということです。お釈迦さまも言われていることです。

自分を大事にしない人は、他人を大事にすることもできません。仏教はそういうことを

教えてくれるものです。自分の心の取り扱い方法を知って、毎日実行することです。

学校でも教えてくれません。むしろ逆のことを教えているのが今の社会です。

だまされないように、仏教を学んでください。仏教以外にも良い教えはありますが、

日本人なら、何百年もの間、先祖が頼りにしてきたことをよく知ることが、良い方法です。

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