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2011年5月 2日 (月)

犀の角?

ここでも書きましたが「犀の角」という言葉がありますが、これがどうも?です。「犀の角のように一人歩め」という言葉ですが、なんかへんだとは思っていましたが、「犀の角」で検索すると、これが誤訳だという書き込みがありましたhttp://www.geocities.jp/dhammini131/howa375.html

最近日本でも布教されているスリランカのスマナサーラ長老のサイトでした。仏教を研究するにはいいです。日本仏教とは違います。わかりやすくのべられています。

ただ、文中にN先生とありますが、多分中村元先生でしょう。「犀のように一人歩め」のほうがすっきりすることは納得です。だが、N先生などと書くのは中途半端だ。何を恐れて匿名にするのか?これでは信用できない。読む人が誤解するでしょう。日本の有名な先生の書いたことが間違っているのなら、そう指摘するべきだし、指摘されているのだから、匿名にするのはおかしいでしょう。そして、それが真実なら当然訂正されるべきです。日本の研究者もこれを取りあげて議論するべきです。それが仏道、それをごまかすのは仏道にもとる。

第一お釈迦様に失礼だ。お釈迦様はへんなことは言っておられない。難しいことでも、たとえがわかりやすく、ごまかしがない。無記といわれるように、いいかげんなことをいわれず、誠実です。

「犀の角」は私もへんだとおもったが、インドにはなにかそういう特別ないわれがあるのかと思っていた。英語でもそう訳されているようなので、中村元さんが最初にそう訳したわけでもないだろう。誠実になりましょう。

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仏教ブーム 良い悪い?

今は仏教ブームといえる。戦後ずっと左翼思想の影響で、仏教のことはマスコミではあまり取りあげられなかった。おかしなことにキリスト教はよくとりあげられたのに。日本も東北大震災を機に、またひとつ変わるだろう。

東北の人々の中に、数百年単位でのことだが、仏教があることを、あらためて感じる。

親鸞聖人も、やたらとブームだが、どうも?がつくが、まあ、若者が関心をもってくれるのは良いことだ。親鸞研究するなら法然上人をよく知ってからにしたい。

本はいくらでも売っているが、宗派にしばられている僧の著書は抵抗があるという方は(そのこと自体間違いだが)在家の作家や学者のものを読むことになるが著者存命中のものより、死んだ人の本を読みましょう。生きて有名人となって活躍中の人はなまぐさい。?だらけだから。

倉田百三の「出家とその弟子」

柳宗悦「南無阿弥陀仏」(岩波文庫800円)これは激しくおすすめします。私自身読書中。本屋のたなで岩波文庫をあさっていたとき、「南無阿弥陀仏」が目に入るのだが、手にとらないだろう。私もずっと手にとらなかった。

デザイナーをやっていたので民芸の柳は知っていたが、柳の宗教論を聞く気がなかった。が、どういうわけか今回手に取ってしまった。その時期になったということだろう。読むと、ずんずん心にひびいた。念仏について、これだけわかりやすく、深く思考した在家の本はめずらしい。

解説者は入門書というが、入門書ではない。初心者がいきなりこれを読んでもまったく受け付けないだろう。なにしろ「南無阿弥陀仏」だから。

五木寛之さんでさえ、テレビで「小さな声でなむあみだぶつ・・」とか発言されていた。それじゃあだめです。称名念仏をやってから読むとよくわかる。やらないで読んでもつまらない本だ。

する仏教、その浄土門、口称念仏です。私自身は、子供の時、祖母がいつも「なまんだぶ、なまんだぶ」といっていたのを思い出します。浄土真宗ではこれが全てです。

「禅」と書いてあると、なんだかかっこいいと手にとるが、「なむあみだぶつ」じゃだれも手に取らないのが現状だろう。おおまちがいです。無知というしかない。頭を空にして、全てを捨てて、仏教を学びましょう。おすすめします。これホント。だが、多くの人は信じませんね。縁なき衆生は度しがたし。

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