する仏教
仏教はお寺さんに「 してもらう」もの、というのが現状です。だが、これは釈迦の言われることに反する。
仏教は自らすることのための教えです。仏教書を読んで理論を学んだり、知識を蓄えただけではだめで、禅であれば座禅をする。浄土門であれば「南無阿弥陀仏」をとなえる。日蓮宗であれば唱題行など、あるいは、作務として掃除や草取りをひたすら「する」ということを教わる。そんなことをしてなんになるのかという疑問は常にある。だが、その疑念を一度捨てて、阿呆らしいことを一生懸命やるのが、極意。小賢しい教育を受けた頭を徹底的にぶち壊すことが初歩の初歩だ。
「する」ことなしに、知識で頭がいっぱいになって、またそれを得意気にひけらかすようだと最悪である。これはスポーツや芸術、また料理などでも同じ。
で、仏教は役に立たなければ仏教ではない。逆にいえばとても役に立つ、効き目があると思うようになりました。
とにかくお釈迦様の直の説法を受けることです。
新しくてとっつきのいい本は、かってNHKの教育放送のこころの時代で放送されたものをまとめた「ブッダの人と思想」中村元・田辺祥二(NHKブックス)です。
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