自分をたよりにする
原始仏教で釈尊がいわれたことの一つに「自分をたよりにしなさい」ということばがあります。
フロイトが精神分析をするとき、他人の頭を解剖してもだめです。自分の心を観察することから、他人の心を推測します。哲学、心理学も同じ。
かっとなったとき、その怒っている自分を観察するもうひとりの自分がいます。その冷静な自分を育てるのがいいでしょう。怒りっぽいひとは、心がけるといいです。生きる知恵です。
具体例はひと昔まえに、はれぶたシリーズの「ぼくへそまでまんが」の後書きに書きました。そのころは子供には「自分の人生では自分が主人公」というメッセージを出したりしていましたが、いま釈尊の教えを学ぶと、さらに深まります。
お寺さんでは「自灯明」という言葉で説明します。自分の光をたよりに暗闇を進め」ということですが、インドの原典では「灯火」ではなく「島」となっています。「洲」と書いた方がいいかもしれません。
川がはんらんして水に流される状況での身をおく「島」です。「自分自身を島とせよ。よりどころとしなさい」というのが釈尊の言葉です。
宗教嫌いのひとでも納得の教えでしょう。
釈尊をたよりにしていた弟子が、釈尊が亡くなるまえに、「私たちはなにをたよりに生きればいいのですか?」と質問したときの答えです。もうひとつ「法灯明」があります、今まで多くの説法をした、その法(教え)をたよりにしなさいという答えです。
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