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2008年8月26日 (火)

たのしい仏教は無料です

私が「宗教」という言葉を使ったとたんに、「宗教なんてとんでもない」「私は無神論者です」という言葉が返って来る。

過剰反応です。宗教という言葉自体が、明治時代にできた言葉で、社会とか゛哲学も同じ。こんな言葉を使って物事を考えていたらまちがいます。よくよくよく考えると、何のことかはっきりしない言葉です。

宗教を勉強しはじめてみると、まず最初に「宗教」を定義すること自体が不可能であることに気がつきます。みんな勝手にちがうことを思っているだけです。話にならないとはこのことです。

で、昔の偉いお坊さんのなかには、言葉を使わないことを考えた人が多い。仏教を学習していくとわかります。これは優れた一面です。

「以心伝心」などもそのことをあらわす言葉です。

言葉たくみに人をだまして金儲けする宗教は現在も健在です。これは宗教ではないのに、それを宗教と思っている人が多い。

宗教には一円もかからない。心の中のことだから、金の使いようがない。釈迦はすべて捨てよとおっしゃっている。この世間の論理を捨てるのに金は一円も要らない。

古本屋にある百円の文庫本で仏教は学べます。貧乏人こそ幸せになれるのが仏の教えです。南無阿弥陀仏と唱えるだけでいいのだから安いもんだ。

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2008年8月23日 (土)

仏教はたのしい

仏教の研究をしてみると、自分が何も知らなかったばかりか、まちがったイメージを持っていたことに気がつきます。

百年もまえから釈迦その人に帰ることを提唱する人が多くいました。うやまって釈尊といいますが、インドで40年以上も説法し続けたのですが、録音テープがあるわけでもなく、講演記録もない。

最近になって、原始仏教というものの研究がすすみ、釈尊の言葉であろうというものが整理されてきた。

ダンマパダとか法句経といわれるものもその一つです。これを読むと仏教のイメージが変わります。

お寺のお坊さんも釈尊のいわれたことはよく御存知です。ところが、日本では各宗派のやり方があるので、あまり釈尊自身の言葉を信者に伝えていない。ちょっとは話にでてきますが。

中国を経由しないで直にインドからスリランカやタイなどの南方に伝わった仏教は、原始仏教の面影を残しているようです。日本では長い間これを小乗仏教といって軽んじてきました。いまは上座部仏教と言い換えるようになりました。小乗は大乗に比して劣るという言い方なので。大乗仏教についてはまだ勉強中です。これがまた、とてつもなく難しいです。

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