2008年7月 6日 (日)

四苦八苦

「ほんとに、四苦八苦してます」と日常いいますが、これがまぎれもない仏教用語です。四苦は「生老病死」老、病、死は説明無用だが、生を苦だと断定したところがすごいと前回書きました。

八苦のうちの後の四苦の一つ目は「愛別離苦」(あいべつりく)別れの苦しみで、失恋や家族を失うことなども、これに含まれます。

「怨憎会苦」(おんぞうえく)これがすごい。怨念の怨、憎悪の憎。怨みを抱く人、憎たらしい人、きらいな人と会わなくてはいけないこと。

学校でも会社でも、仕事先にも、嫌なやつがいる。だけど行かないわけにはいかない。だれにも覚えのあることで、ほんとに苦しい。いじめっこもここに入る。

家族の中に居ることもある。どうにもならない。

まったく現代的な問題でもある。お釈迦様は二千何百年もまえに、ちゃんと指摘されている。

「怨憎会苦」という言葉があるのだと、思うだけで、かなり楽になれると思います。その苦しみは自分だけのものではない、生きていればだれでも味わう苦しみなのだと、きっちり覚悟すること。それだけで、いくらかは楽になります。

にげないで「そうか、これが怨憎会苦というやつか」と、思うことが解決の第一歩です。

「ではこの苦しみを見極めてやろう」と思えれば最高ですが、老人ならともかく、若い人は、なかなかそうしたたかにはなれないでしょう。

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2008年7月 1日 (火)

釈迦の言葉

お釈迦様はゴータマ・シッダルタという人ですが、この人がいわれた言葉を、直接彼から聞いてみると驚きます。といっても講演のテープが残っているわけではありませんが、近年原始仏教の研究がすすみ、初期のお経のなかにお釈迦様が言われたという言葉が残っています。

「一切皆苦」「生きることは苦しみである」ときっちり言い切ったのがお釈迦様のすごいところです。

人はだれでも苦しい。「生きる喜び」を叫んでも、生きる喜びは得られない。「命を大切に」などと言葉で言っても自殺しようとする人は救われません。

まず、「生きることは苦しい」のだと、はっきりと認めることからはじめなければ根本の解決にはならない。

何事かがあってとても苦しい時に「生きることは苦しい」そう思うと、「ああ、この苦しみは、生きていることの苦しみなんだ」と、思える。

それだけで、少し救われる。具体的な自分の苦しみが、人間というものの普遍的な生きる苦しみとして考えることができる。

「自分だけがなんでこんな苦しみを受けなければならないんだ」という思いから抜け出せる。苦しんでいない人は恐らく一人もいない。みんなごまかしているだけだ。まじめな人は特に危険だ。

ではどうすれば良いのか。ここからが、お釈迦様の出番だ。

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2008年5月10日 (土)

心の問題

日本人の心がぼろぼろになっていますが、かなり抜本的に考えを改めないとよくはならないでしょう。

二千年以上前から仏の教えはありますが、学校教育はせいぜい百数十年です。一応仏教や日本の神について項目だけは学校でも教えています。古事記、日本書紀という名前だけは知ってます。奈良仏教とか鎌倉仏教とか、最澄、空海、法然、親鸞、日蓮、栄西、道元とかの名前も覚えましたが、何も知らないのが実情でしょう。

釈迦についても何も知らない。仏教が日本に入って来る前の、日本の神々についても何も知らない。正月に歴史の浅い明治神宮にお参りに行くひとが多いけれども、近所にある何百年もつづいてきた神社のことを何も知らない。

自分で本を読んだり、最近はテレビ番組でも神社やお寺巡りをよくやりますので、自分で知るしかありません。信心というよりも、趣味として、ちょっとつきあってみるととても面白い世界です。

「がたぴし」という言葉、窓などががたつくことですが、これが仏教用語らしいです。「我他彼此」と書いて、我と他、あちらとこちらがそれぞれ自己主張して対立して争いが絶えないこということらしい。彼岸(ひがん)の彼(ひ)です。こちら側を此岸(しがん)といいます。

言葉一つとっても面白いでしょう。仏教を勉強しだすと、めっちゃおもしろいです。

千葉県の山の中のお寺で修行を体験してきましたが、なかなかありがたいひとときでした。東京駅にかえってきて人々の顔の険しさにがっかりしました。

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2008年4月17日 (木)

ほとけくらぶ

「ほとけくらぶ」は仏ファンクラブのようなものと思って下さい。

入会自由です。仏の世界と神社の日本の神々も含みます。日本では神仏習合で長く神と仏はいっしょくたになっていました。それを明治政府がむりやりに神仏分離、廃仏毀釈を行い、政教分離といいながら国家神道をまつりあげて、あの戦争へと突入していった。では戦後はまともになったかというと、ろくでもないことになった。

いまこそ、日本古来の神仏を振り返るときです。なにしろ学校では教えることができないので、私たちは全く無知でした。

神仏の世界はキャラも多い。神社やお寺をまわってみると、誰にでもわかるでしょう。道端には馬頭観音やお地蔵様もおられるし、日本中が神仏ランドです。その規模、その奥深さ、ディズニーランドなんて目じゃない。

よく見てみると、とても楽しい。とてもおもしろい。ためになる。こんな世界に心をひたしてみましょう。宗教とか、信心とかいうと、抵抗を示す人が多いが、それは誤った教育のせいですから、自分の考えとはいったいどういうふうに作られてきたのかをしるためにも、神仏の世界に遊ぶつもりで関心をよせてみましょう。

家が浄土真宗だったので、こどものころから、お寺にもまいったし、法事も何回となく参列しました。大人になってからも、葬儀へ参列することもおおくありました。お経を聞いてもわかりません。

しかし、自分で仏教の本を読んでみると、イメージがかわりました。特に、お釈迦様へ戻ってみると「えっ、仏教ってこんなのだったのか?」と驚かされます。すばらしいです。

「諸行無常」は「あらゆることが変化する」ということです。なにもかもが、時間とともにかわります。苦しいことがあっても、ずっと苦しいわけではないと、言っておきましょう。苦しみの原因も変わりますし、その影響もかわりますし、苦しいと感じる心もかわりますから同じ目にあっても、いつのまにか鈍くなっていたりします。

必要以上に苦しみをまともに受け取って、拡大して苦しみたがっている人が多いです。そういうのはたいした苦しみでもない。ばかばかしい。本当に苦しいときは、わらってしまえ。

とりえあず「般若心経」をおすすめします。

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2008年3月20日 (木)

たのしい仏道

三越百貨店が大日如来像を競り落としたというニュースにはびっくり。また、事件でチベット仏教の映像がニュースで流れています。他では仏教がさかんなのは、タイ国。国王は仏教徒でなければならない決まりのようです。中国を通して伝わった大乗仏教が盛んなのは、この日本です。

お経の文句はチンプンカンプンと思ったらおおまちがいでした。意味があるし、おもしろい話になっているお経もあります。

葬式仏教という悪口がありますが、実は仏教は生きている者のためにあります。「四苦八苦」は仏教語です。生きていれば誰にも苦しみはある。その苦しみをなんとかしようというのが仏教です。

仏教こそ偉大なる世界遺産。本当の姿を正しく知りましょう。戦後の政教分離の呪文によって、学校では仏教をきちんと教えることができません。だから自分で勉強するしかないのです。

子供だって生きるのが苦しいときがあります。仏道が役にたつように願いたい。ほんとはとても仏道は楽しいのです。

これから楽しい仏の道を歩きますので、よろしく。なにがよろしくだか・・・まあ「南無阿弥陀仏」といっておけばいいでしょう。

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2008年3月 8日 (土)

良い童謡ができました。

童謡協会の年刊童謡詩集「こどものうた2008」が出ました。私は「あおむし」という詩をのせました。これを見て会員の作曲家が連絡をしてくるという段取りになっているのです。

去年は「待てど暮らせど来ぬ電話」でしたが、今年は家に本の包みが届いて、ページをめくっている時に電話がかかってきました。作曲をやっていただくことに決まりました。9月20日の童謡祭新作展(こまばエミナースの予定)で歌われることになるでしょう。初めての発表ですから楽しみです。

昨年は「こどものうた2007」に「ぴかりこりん」「たぬきしっぽのうさぎさん」を掲載しましたが連絡がないので、自分で作曲しようとおもったら、作詩会員は作詞だけ、曲は会員の作曲家でなくては応募できないという決まりになっていましたので、ありゃりゃー。

幸い「たぬきしっぽのうさぎさん」はチャイルド社のゴールドに採用されました。(九月号の絵本)現在絵を自分で書いています。

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2007年9月10日 (月)

童謡

前回の記事から半年たってしまいました。童謡詩はどんどんできています。あとは発表をどうするかが問題なのです。手さぐりでやっています。

2007年9月8日にジャスラックビルにあるけやきホールで「第30回童謡祭・新作展」発表会がありました。私は曲が間に合わなくて出せませんでした。歌の詩は「こどものうた2007」に発表されたものです。

聞いてびっくり、見てびっくりです。詩を読んだだけのと、曲がついてピアノ一台だけの伴奏ですが、児童合唱団の子供やプロの歌手が歌うと、雲泥の差です。「えっ、こんな歌になのるのか?」と驚愕します。特にプロの歌手の表現力には脱帽です。渡辺かおりさんはじめ、美しい女性がいい声で歌っていますから、「あいうえお」と歌っても聞かされてしまいます。数少ない男性歌手もユーモアあふれる表現力で詩を何倍も魅力的なものにしてくれました。

圧巻は川口京子さん、プロ中のプロ、すでに妖怪の域に達しています。機会があれば、ぜひ生の舞台をご覧ください。

で、逆に身震いさせられました。いい加減な詩でも、極端なはなし、「あいうえお」でも「いちにっさん」でも「お経」でも、彼らは見事に歌って、肉体で表現してしまいます。元の詩がいいのかわるいのかわからなくなります。

同じことがテレビ番組のアニメ付きの歌にもいえます。アニメにごまかされ、編曲にごまかされて、鑑賞ではなく、肝心の「子供が歌う」そのための詩と曲、素の歌の評価が困難になる恐れ大です。

作詩の難しさを改めて知らされました。

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2007年3月26日 (月)

合唱

平成19年3月25日東京府中市の府中の森芸術劇場で開催された日本童謡協会の第12回こどものコーラス展に行ってきました。

童謡協会会員の新作をNHK合唱団はじめ各合唱団の小学生が歌いました。

合唱の世界のことは無知でしたので、こんな世界があるのかという感想です。レベルは高いです。あらためて、小学生に合唱してもらうための作詞作品を創作してみたいと思いました。いわゆる童謡とはちょっと違うものになるのかもしれません。かっての文部省唱歌には傑作が多いのですが、もっと自由な立場で、小学校高学年の心をとらえられる現代的な歌が書けるといいのですが・・・

ジャズやロックを経験してきた世代ももう60歳ですから、合唱の世界でも、詩はもちろん曲においてももうすこし冒険してもよいのではという思いはあります。音楽教育にたずさわる方の御意見を伺いたいところです。参考にしたいです。

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2007年3月18日 (日)

童謡詩できますが

平成19年3月15日に童謡協会の第二回童謡詩研究会に参加。

「おやゆびちゃんたら」指の歌を皆さんに見ていただいた。新しい視点の指の歌であると認めていただいた。ただ、長すぎるという評をうけて、大いに反省、家に帰って、リフレインなど切り捨てて、四行詩に作りかえたら、我ながらよくなったと思います。

さて、詩はできたが、そのあとが問題。どう発表すればいいのかわからない。

子供の歌を作る現場におられるプロデューサー、キーマンがどなたなのかわからない。そういう方で詩をごらんになりたい方、ぜひご連絡下さい。

●日本童謡協会の年刊童謡詩集「こどものうた 2007」できました。

矢玉も「ぴかりこりん」と「たぬきしっぽのうさぎさん」の二編を掲載。

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2007年1月11日 (木)

あたらしい童謡

前回の記事のあと、童謡の詩をたくさん書きました。童謡や唱歌についても勉強し、さらに日本童謡協会にも入会しました。

自分でも子供の歌の詩がかけるとはおもっていなかったのですが、不思議なことにすらすらと出来たものが何本もあります。絵本、童話と発想はおなじなのですが、形式が変われば出来てくるものも変わるわけです。

詩だけを発表するのは困難ですが、そのうちに表にでてくるでしょう。ご期待下さい。

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